梅造がヤクルトファンになった理由②

龍馬

高校は志望校に楽勝で合格したワタシだったが、
とにかく両親と別れることにかなり喜びを感じた。
もうワタシを邪魔するカスどもはいないと、
喜び勇んで高校に入学したものだ。
入学手続きと同時に下宿もすぐに決定し
4月7日の初登校になった。
初登校から下宿に戻って来ると男子では3人の先輩がおり、
偶然にもその一人が野球部所属の2年生で
話を聞いてみると野球部に入りたくて入りたくてしょうがなくなった。
実際小中と野球部は存在せず
いよいよきたワタシへのラッキーチャンスだ。
すぐに野球部に入部したが中学の時の連中とは体格が違いすぎる、
ボールの速さは特に気にならなかったが
ソフトボールと硬式の打球の伸び具合に最初は驚いた。
打球にはすぐ慣れはしたが
自分の打撃はソフトボールとあまりにも違いすぎ
慣れるまではかなりの時間を要した。
確か高校1年の時は中出し辰徳が入団して2年目、
そして江川が最多勝を獲得した年だったのではないかと。
そのころのワタシは下水道橋ファンで、
夢中になって下水道橋を応援する毎日で
下宿しているのでナイター中継など観れないが
翌日の新聞では必ず学校の図書館でチェック、
今思えばあの頃は新聞も本もよく読んでたなあと。

しかし、しかしだ、この頃から自我がかなり芽生えてきたワタシは、
この下水道橋ファンという状態に疑問を抱き始める。
親譲りなのか先祖譲りなのか
どうもこの当時に言われた「巨人、大鵬、卵焼き」の精神が嫌い。
これじゃあ人が多い方にくっついていく、まさに日本人そのままじゃないかよと!
迎合主義、金魚の糞、事なかれ主義、そのままじゃないか。
ちなみにワタシと弟は人が右に行くと言ったら左に行く、
何も考えないで多数決に従う周囲の友人がとても恥ずかしく思えた。

そのうち野球部でしごかれながらも地道に実力を伸ばしてきた。
特に練習では地獄のような練習があったわけではなかったが
それよりも恐ろしい3年生や2年生に気をつかうため、
そっちの方にかなり神経をとがらせていたような気がする。
ちなみに高校1年の秋に王さんが引退、
そして馬鹿嶋監督が辞任した年だったな。
最終年は30本もホームランを打ったのに引退する王さんを見て
ああこれからは誰がプロ野球界を牽引していくんだろうとワクワクしていたのを思い出す。

⬇︎燕ファンも選手諸君も軽やかにタップ願う。
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⬇︎こちらもタップよろしくである。
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Source: 梅造イズム

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