梅造がヤクルトファンになった理由①

灯台

昨日「高知県人とは?」という記事を更新したが
想像通りまったく読者からの反応がなく放置状態と化している。
ヤクルトファンは関東地方の星人が多いので
まったく受け入れられない記事だったんじゃないかなと。
逆に、実際はウケていて後で聞いたら「あれメッチャおもしろかった!」とも言われる。
要はよく分からない、ネットでの反応は今でもよめない。

ワタシは高知県のクソ田舎で育ちはしたが、
生まれた時から超星人として愛され、
たくさんの人に支えられ大きく成長した。
毎日が楽しく成績もそれなりに優秀、
低レベルではあるが県内では学力100位内にも入ったことがある。
ただ現在のワタシの周囲には次元が違う優秀な人がいるので
ワタシなどクソ中の屁みたいなものなので今では逆に恥ずかしい。
まさに胃の中の胃酸といったところである。
スポーツも天性の才能はないが努力で成功を勝ち取った。
かなりの負けず嫌い、絶対に人には負けたくないぞと。
もともとセンスのある人は指導者に何も言われないので、
ほとんど努力しなくても余裕で伸びていく、
ただワタシが彼らを打ちのめすには努力のみ、
彼らの倍以上努力さえすれば上回りはしないが同等にまでは追いつける。
その辺がワタシを調子づけたと思う。

ただ生まれた時からかなりの厳しさを持つ母から絶対に離れたいと、
いや逃れたいと、もう勘弁してくれと、
とにかく自我が芽生えてきた中学生からは
生活している室戸岬から脱出したいと。
その方法はと言うと高知市内の高校に入学すれば
通学圏内ではないので下宿せざるを得ない。
要するにだ、親元から離れて自由を得ることが可能になるのだ。
フリーダム、パラダイス、フリーセックス
言論の自由を求め、共産圏からの脱出、独裁政治からの逃亡、
拘束された人生なんてもう勘弁だ、冗談じゃないと、
両親は教員で堅物、遊びがないハンドルのようで辛かった、
それに次男坊のワタシはかなり叱られた、
兄や弟に立腹した母は怒りをワタシにぶちまけた、
お前なんか北朝鮮にでも飛ばされろと、
ルワンダの内戦地区に行って自身を鍛え直せよと、
イスラエルに行って戦ってこいよと、
この親から離れるためにかなり勉強した、
夕食を食べて入浴後は一心不乱に夜中の1時頃までがんばった。
弟が夜9時定時にヨダレを垂れまくりながら寝ているのを横目に必死になって勉強した、
母や父が「はよ寝えや、アホか」と何度も言われた。
「分かったわえ」と言ったら何かパタパタとワタシの頭に昆虫が止まる、
「おいおいおい、誰や、お前は〜♡」と掴んで見てみると
高知で言う「ゴゼ」、巨大なゴキブリくそ野郎だったことも思い出す。
そうそう耳の中に小さい昆虫が入り込み
もうかなりガサガサとうるさく苦労したこともあった。

冬になると市内の中学駅伝大会がある、
中1から3年生まで全て区間賞、
特に1年生の時の記録は新記録でワタシが20歳まで破られなかった。
駅伝では特に強くなかった我が中学だったが
3年時には市内駅伝を制覇、
市内の体育大会でも3年間3000mで2位、
1位はワタシと同じ中学の友人、メッチャ速かった。
市内の駅伝優勝で我が中学初の東高知の駅伝に出場、
優勝は無理だったが3位以内に入る実力はあったが
エースの友人と後輩の翌年のエースがまったく奮わず6位、
ただ梅は区間賞、絶好調だった。
その後、県の駅伝にも指導者から誘われたが
あまりにも過酷な練習をワタシ達は嫌い、出場拒否。
後でその県中学駅伝の結果を見ると
東高知の駅伝で同じ区間を走って2位の他の中学の選手が区間賞、
まあこんなもんかと。

中学時代はグラウンドが狭くソフトボールをプレイ、
小学生の時のチームでは常に1回戦負け、
週に1回しか練習ができないので当たり前だ。
しかし中学は県内でも強豪のチーム、
2年生からレギュラーとなりライトもしくはファーストで8番、
指導者の監督の先生は厳しく常に鉄拳制裁、
練習中に笑ったら呼び出されて蝶野ばりの張り手一発、
監督の機嫌が悪ければケツバット、
好きな生徒は喉をゴロゴロ、
嫌いな生徒は容赦なく張り手をお見舞いだ。
張り手を食らった友人の中には張り手の衝撃でメガネが吹っ飛び
花壇の中に入ってしまい
メガネの捜索にかなりの時間を要し
それを見てさらに怒りを感じた監督から
フルスイングのケツバットがお見舞いされ、
友人にとってはかなり理不尽なこの出来事ではあるが
心の中では大笑いをしたのを思い出す。
いや心の中だけでなく大笑いしたと「思う」。

話を戻すが2年時には2回戦で春の日本中学日本一になった中学を撃破、
ただ田舎もんの我々はそれでもう行き絶え絶えで県3位。
3年時には県大会の1回戦をコールド勝ち、
2回戦は投手戦となり最終回に守りのミスで1点を奪われ0-1で惜しくも敗退。
ただその相手の中学は県体で優勝し、さらには四国大会で優勝した。
ちなみにワタシはその時2番サード、
イメージで言えば辻や宮本のような存在だった。
足は遅かったがセイフティーバントや送りバントが得意、
相手は警戒しているけど意表をつくバントで撹乱した。
セイフティーバントって足が速くなくても問題ない、技術の問題。
あと犠牲バントをするときは、したい方向を絶対に見ない、
もし狙ってる方向のプレイヤーと目があったら何かしら考えるべき。
ピッチャーが投げたらバントの構えは最大限に我慢、
そうすればサードやファーストの初動を最大限遅くすることができるんだ。
そういうのを理解している宮本がマジに楽しい、
だから好きなんだよ宮本が、
彼は守備も基本に忠実できれい、
バッティングはワタシも得意だったが右に打つのがうますぎる。
中学時代に自分が脇役だった時だけど
こんなインローのボール球をバントかよ?
と0.01秒くらい思いはしたがなぜか成功、
要は誰でも練習すれば問題なし、
あとは感覚とセンスは後でも磨かれるんだよ。
東高知の大会で強豪を技ありパワーありで制覇したときは
土佐弁で言うと「まっことほんまに嬉しゅうてたまらんかった」と言っておこう。
難しいボールを完璧にバント成功した時のあの快感、最高だ。

ちなみにソフトボールをバカにする者がいるのだが
日本のソフトボールは世界でもトップレベル、
その日本の中でも高知のソフトボールのレベルは高く
中学、高校、社会人でも全国大会で軽く優勝する。
当たり前だ、練習量が違う。
だらだら練習などしない、野球部よりも厳しい練習が待っている。
「所詮ソフトボール」なんてヌカすカスがいたら
打ってみろよと肥をぶちまけて言いたい。
そもそもだな、女性のソフトボールの灯油投手も必死こいても打てないアホウが
男子ソフトの「なんじゃこりゃ…」状態の投手なんて打てるとでも思ってるのかと。


ソフトボールを舐めんなよ、
このピッチャーなんか日本プロ野球の選手でも、かするのが精一杯だと思う。
野球で言えば160km台のストレートに
低めから浮き上がってくるライズなんか投げられたら
絶対に打てるわけがない。

こういう以前のワタシがあった、
ただこの中学生時には特にヤクルトに何も魅力を感じなかった。
しかし今よりも百倍以上にプロ野球の情報を求める自分がいて
新聞、テレビでプロ野球だけでなく
あらゆる野球の情報を求めていたことを思い出す。
(つづく)

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Source: 梅造イズム

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